みんなが自分と同じ景色を見ているとは限らない

みんなが自分と同じ景色を見ているとは限らない

こんにちは!

ランニング・モチベーターのしゅんじです。

毎朝の通勤ランの時間帯は小学生の通学時間帯とかぶっています。

そのせいもあって、会社までのコースの一部では油断をすると小学生の団体とすれ違う事になってしまいます。

油断をすると、というのは車道のあちらとこちらで状況が違い、横断するとしないで大違いという事です。(あちらの歩道は通学路、こちらの歩道は安全地帯…)

何が問題かというと、小学生の団体は数が多い上に無秩序に歩道いっぱいに広がって歩いていて、そもそもすれ違うスペースを見つけるのが大変です。

また、各々が思い思いに進んでいるので、子供達の次の行動が読めず、進むべきコースを見出すのが大変難しいのです。

ある子は突然右に進んだり、ある子は突然立ち止まったり、ある子は何故か後ろ向きで(しかも早足で)こちらに突っ込んで来たり…

通常では考えられない位置取りに、思わず車道まで出てしまってやり過ごす事も多々あります。

これに対して腹を立てたり、ちゃんと前を見て進めと注意したりする人もあるかも知れませんが、おそらく子供には見えている世界が違うのだろうと思います。

事実、前を見て、こちらを視認しているように見えても、まっすぐぶつかって来る子供もいますし。(かわせない自分も自分ですが…)

結局、自分の当たり前と、子供の見方や考え方は必ずしも一致しないので、そこは相手の立場になって考える必要があるのだと思います。(ただ、なかなか理解できないので、行動分析から予測するのが精一杯。)

でも、これって、子供だけじゃないと思います。

大人でも自分と考え方が相容れない人っていますよね?

ウィン・ウィンの議論をしているつもりなのに何故か噛み合わないと思ったら、同じと思っていたゴールがずれていた…なんて事がたまにあります。

所詮、自分と同じモノの見方を周りもしていると考えるのはエゴなのかも知れません。

誰一人同じ人間はいないんだから、考え方やモノの見方も人それぞれ。

だとしたら、同じものを見ても感じ方は違うし、物事に対するアプローチが違うのも当たり前と考えるのが妥当なんでしょうかね?

いや、同じだったらラッキーだね、くらいでしょうか。

まぁ、そこまでは言わないとしても、それくらいの感覚で接した方がいいのかも知れません。

なんて事を考えながら周囲と接すると、余計なストレスなく日々を過ごせるのですかね。

自分はまだできてませんが…


今日のポイント!

人と自分は違って当たり前というところから思考を始めるのが良いかも。


【今日の実績】
ラン:14.95Km  累積標高差:10m

明日も楽しく走りましょう!

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