どれだけ努力しているかは所詮本人にしか分からない

どれだけ努力しているかは所詮本人にしか分からない

こんにちは!

ランニング・モチベーターのしゅんじです。

他人を評価(批判)する人って多いですよね。

あの人はxxするためにxxの時間しか投下していないとか、xxしかやってないのに成果が出ている、あるいは、xxしかやってないから成果が出ていないんだ!とか。

評価する人からすると、期待を裏切られたり、妬みの心があったりするのでしょう。

でも、その評価が正当かというと、多くの場合そうでは無いと思います。

それは、評価されている人と、評価している人で持つ情報量が根本的に違う事が多いから。

評価している人は、自分の見えている範囲や、自分の観点、あるいは自分の考えが正しい前提の上で評価を下します。

公平に考えて、それは必ずしも真実ではないでしょう。

評価される側の人は、置かれている状況や、当人が優先すべき事項、抱えている課題の大きさや、今後やってくる課題の準備など、諸々の状況の中で判断を下して行動に移します。

一方で評価する側が見えているのは、そんな背景や思考はさて置き、自分の目の前で繰り広げられているアクションのみです。

加えて、評価者の考えが絶対に正しいという保証はないでしょう。

そんな偏ったモノの見方で評価するなんて傲慢以外の何物でもありません。

とは言え、自分もついつい他人を評価してしまう事は多々あります。

これは余程気を付けないとやらかしてしまう事だと思います。

自分が気が付いた時は、反省し、事実のみに目を向けて対処するようにしています。

そう言えば、昔高校の陸上部だったとき、あまり成績を残せなかったのですが、その原因の一つかなと最近思い当たった事が一つあります。

練習メニューの中で、100m×40本のインターバルをやることがありました。

追い込めない自分にとっては、ついついダッシュする中で力を緩めてしまっていた様に思います。

例えば、100m走る中で、最後の5mだけ力を抜いたとしましょう。

絶対値としてはたった5mです。

しかし、5m×40本=200mですので、インターバル2本分をまるまるサボったのと同じ結果となります。

積もり積もって練習不足になっていたのかなと…

これは周りからはちゃんとやっているように見えても、実際はそうでは無い例ですが、先の評価を下す人と同じように周りからは正確な状況は分からない事を示しています。

結局のところ、物事にどれだけ真摯に集中力を持って打ち込んだか、そして、そこからどれだけの成果を達成できたかという判断は、他人にはできず、本人にしか分からないという事です。

であれば、周りがどう言おうと、自分が正しく満足できるように行動するのが正解と言えます。

自らのチャレンジには自らの評価を持って報いてあげましょう。


【今日の実績】
ラン:16.98Km  累積標高差:103m

明日も楽しく走りましょう!

気づきカテゴリの最新記事